地球を一柱の神さまと例えてみましょう。
地球の歴史上、氷河期もあれば、一年中春の陽気の時もあれば、暑くて暑くてモノの存在すら不可能な時もあります。
場所でもそうですね。
スゥエーデンのように、ゆりかごから墓場まで全ての面倒を国が見てくれるようなしあわせな(それをしあわせと言うかは個人の思想ですが)国もあれば、今もなお戦争をしている地域もあります。
日本のように、毎日毎日食べるものを山のように棄てる国があれば、食べるものがなくて、餓死者が出る国もあります。
それって不公平じゃん!?
みんながしあわせに、みんなが公平にならないの!?って思いますよね?
でも、あなたの身体の中でも同じですよね?
口は、おいしいものを食べたり、おしゃべりをしたり、かなりしあわせな部位だと思いませんか?
でも、足の裏はどうでしょう?
自分というかなり大きな存在を一身に受け、重さに耐え、靴の中で蒸れ、擦れ、感謝さえされないのです。まるで奴隷のようではありませんか?
ステキなドレスにあわせたいからと、合わない靴を無理やり履いて、足が痛くなったことはありませんか?
オシャレなヒールが履きたいからと長年履き続けていて、外反母趾になっちゃったという方はいらっしゃいませんか?
それもこれも全部あわせてひとつじゃないの!?
はい。その通りです。
だから、神は内在するのです。
あなたにも、あなた以外の誰にでも。